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最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)1056号 判決 1958年5月28日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人藤塚善男外九名の弁護人青柳盛雄外一二名の上告趣意第一点前段、同第七点、同弁護人藤井英男外一名の上告趣意第一点について。

共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない。したがって右のような関係において共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、その間刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はない。さればこの関係において実行行為に直接関与したかどうか、その分担または役割のいかんは右共犯の刑責じたいの成立を左右するものではないと解するを相当とする。他面ここにいう「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならないこというまでもない。しかし「共謀」の事実が厳格な証明によって認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。

以上説示する趣旨にかんがみ原判決のこの点に関する判文全体を精読するときは、原判決がたまたま冒頭に共謀は「本来の罪となるべき事実に属さないから……」と判示したのは、その後段の説示と対照し、ひっきょう前示の趣旨において、共謀はくわしい判示を必要とする事項かどうかを明らかにしたに止まるものと解すべく、原判決は結局において正当であって違法はない。また共謀共同正犯を以上のように解することはなんら憲法三一条に反するものではなく、したがってこの見解に立って本件被告人の罪科を認定した原判決になんら同条の違反はない。(なお憲法三八条三項との関係については後段に説示するとおりである。)

弁護人青柳盛雄外一二名の上告趣意第二点について。

憲法三八条二項は、強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができないと規定して、かかる自白の証拠能力を否定しているが、然らざる自白の証拠能力を肯定しているのである。しかし、実体的真実でない架空な犯罪事実が時として被告人本人の自白のみによって認定される危険と弊害とを防止するため、特に、同条三項は、何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられないと規定して、被告人本人の自白だけを唯一の証拠として犯罪事実全部を肯認することができる場合であっても、それだけで有罪とされ又は刑罰を科せられないものとし、かかる自白の証明力(すなわち証拠価値)に対する自由心証を制限し、もって、被告人本人を処罰するには、さらに、その自白の証明力を補充し又は強化すべき他の証拠(いわゆる補強証拠)を要するものとしているのである。すなわち、憲法三八条三項の規定は、被告人本人の自白の証拠能力を否定又は制限したものではなく、また、その証明力が犯罪事実全部を肯認できない場合の規定でもなく、かえって、証拠能力ある被告人本人の供述であって、しかも、本来犯罪事実全部を肯認することのできる証明力を有するもの、換言すれば、いわゆる完全な自白のあることを前提とする規定と解するを相当とし、従って、わが刑訴三一八条(旧刑訴三三七条)で採用している証拠の証明力に対する自由心証主義に対する例外規定としてこれを厳格に解釈すべきであって、共犯者の自白をいわゆる「本人の自白」と同一視し又はこれに準ずるものとすることはできない。けだし共同審理を受けていない単なる共犯者は勿論、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であっても、被告人本人との関係においては、被告人以外の者であって、被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではないからである。されば、かかる共犯者又は共同被告人の犯罪事実に関する供述は、憲法三八条二項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、自由心証に委かさるべき独立、完全な証明力を有するものといわざるを得ない。

それ故、原判決の所論説示は正当である。そして、所論引用の判例(昭和二三年(れ)七七号同二四年五月一八日大法廷判決、判例集三巻六号七三四頁以下)は、被告人本人が犯罪事実を自白した場合の補強証拠に関する判例であって、被告人本人が犯罪事実を否認している本件に適切でないばかりでなく、本判例と矛盾する限度においてこれを変更するを相当と認める。されば、所論は採ることができない。

同第一点後段、同第三点ないし第五点並びに弁護人藤井英男外一名の上告趣意第四点について。

共犯者又は共同被告人の犯罪事実に関する供述は、被告人本人に対し独立、完全な証明力(証拠価値)を有するものであることは、前点で説明したところである。そして、原判決の維持した第一審判決は、共謀の点については、共謀を否認した被告人に対する関係においては共同被告人のこの点に関する自白を独立証拠とし、また、共謀を是認した被告人本人に対する関係においてはこの点に関する各自の自白を相互に補強証拠とし、爾余の点については、挙示の証人の各供述、回答書、鑑定書、口頭弁論調書謄本の各記載、押収品の存在等を証拠とし、かくて、これらの証拠を綜合して判示犯罪事実全体を認定したものであって、その認定は右証拠によって是認することができる。されば、所論はすべて採るを得ない。

弁護人青柳盛雄外一二名の上告趣意第六点について。

所論は憲法一四条違反を主張する。しかし原判決の維持する第一審判決の掲げる証拠に「法務庁特別審査局調査部長の共産党員届出の有無についての回答書二通」の存することは所論のとおりであるが、所論のような事項は原審で主張なく、したがって原判決のなんら判断していないところである。のみならず記録によれば、原判決は、所論の証拠のみを所論の補強証拠とした趣旨でなく、他の証拠と相まって被告人等の本件犯行が共産党員の政治闘争の一環としてなされた事実を立証したに止まることが認められるから、所論違憲の主張は前提を欠き採用できない。

同第八点について。

所論は憲法三一条違反を主張するが、その実質は刑訴法違反と事実誤認を主張するに帰し刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(また記録を調べても所論のような違法は認められないのみならず、共謀の点に関する所論後段については、第一点について説示するとおりである)。

同第九点、第一〇点について。

所論は、憲法三八条二項違反を主張する部分もあるが、その実質は、結局刑訴法違反の主張に帰し、自白の任意性を争い自由心証主義の濫用を非難するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(また原判決に所論のような違法は認められない。)

同第一一点について。

所論は、量刑不当の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

弁護人藤井英男外一名の上告趣意第二点について。

所論は判例違反を主張する。しかし数人の共謀共同正犯が成立するためには、その数人が同一場所に会し、かつその数人間に一個の共謀の成立することを必要とするものでなく、同一の犯罪について、甲と乙が共謀し、次で乙と丙が共謀するというようにして、数人の間に順次共謀が行われた場合は、これらの者のすべての間に当該犯行の共謀が行われたと解するを相当とする。本件について原判決によれば、被告人矢島勇が昭和二六年一二月二五日夕被告人藤塚善男方を訪れ、同人に対し北部地区の党員らが協力して同月二六日夜二班に分れ印藤巡査および香川正澄を殴打すること、および参加人員、集合場所、実行方法等について指示し共謀したというのであり、その指示を受けた右藤塚が順次各被告人と共謀していったというのであるから、各被告人について本件犯行の共謀共同正犯の成立することをなんら妨げるものではなく、また所論引用の判例に違反するものではない。

同第三点について。

所論は、本件共謀共同正犯の成立について原審の解釈を非難し、その前提の下に事実誤認、または量刑不当を主張するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお共謀共同正犯に関する所論については、第一点について説示したとおりであり、原判決に所論のような違法は認められない。)

同第五点について。

所論は、憲法三八条一項および二項違反をいうけれども、結局実質は事実誤認を主張するのであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人藤塚善男の上告趣意について。

所論の強制拷問による供述調書の任意性を争う主張は、記録を調べてみても、未だ所論のような形跡を認められず、違憲の論旨は前提を欠くに帰し採用できない。その他の所論は結局独自の見解に立って原判決の事実誤認を主張するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人前野円静の上告趣意について。

所論は、多くの事項にわたってきわめて詳細な論述をしているが、結局要旨は、強制拷問による供述調書の任意性を否定し原審の事実誤認を主張するに帰する。しかし記録を調べても強制拷問の形跡を認めることはできないから、前提を欠き所論は採用できない。

被告人菅谷浩二の上告趣意第一点、第二点について。

所論第一点の強制拷問を前提とする違憲の主張は、記録を調べても所論のような形跡を認めることはできないから、前提を欠き採用できない。同第二点は単なる事実誤認の主張にすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人保田一夫の上告趣意について。

所論第一の供述調書の任意性を争う違憲の主張は、記録上前提たる事実を認めるに由なく採用できない。所論第二は、事実誤認と刑訴法違反を主張するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人沖田一男の上告趣意について。

所論は、強制拷問による供述調書の任意性を争い違憲を主張するが、記録上所論のような形跡を認められないから、前提を欠き採用できない。その他刑訴法違反を主張する所論は、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(申請にかかる証人をどの程度に採用するかは事実審の専権に属する事項である。)

被告人小島孝の上告趣意について。

所論は、強制拷問による供述調書の任意性を争い違憲を主張するが、記録上所論のような形跡を認められないから前提を欠き採用できない。

被告人出浦明の上告趣意について。

所論は事実誤認の主張にすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人矢島勇の上告趣意について。

所論は、結局強制拷問による供述調書の任意性、信憑性を争い事実誤認を主張するのであるが、記録上所論のような事実を認めることはできないから、前提を欠き採用できない。(なお各弁護人の上告趣意第一点、第二点に対する説示参照。)

被告人葛西四朗の上告趣意について。

所論は、供述調書の任意性、信憑性を争いこれを前提として事実誤認を主張するのであるが、所論のような事実は記録上認めることはできないから、前提を欠き採用できない。

被告人豊島興儀の上告趣意第一点ないし第三点について。

所論第一点は、拷問脅迫を主張し、原判決に違憲があるというのであるが、記録によっては所論のような形跡を認めることはできないから前提たる事実を欠き採用できない。所論第二点は刑訴法違反を理由とする事実誤認、同第三点は単なる事実誤認の主張であって、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

以上のほか各被告人について記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官真野毅、同小谷勝重、同藤田八郎、同小林俊三、同河村大助、同奥野健一の少数意見を除く裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官真野毅、同小谷勝重、同藤田八郎、同小林俊三、同河村大助、同奥野健一の少数意見は次のとおりである。

弁護人青柳盛雄外一二名の上告趣意第二点、第三点、弁護人藤井英男外一名の同第四点について。

憲法三八条二項は、「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」と定め、同三項は、「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」と定めている。これによって警察官、検察官、裁判官が自白偏重の弊に陥ることを防止せんと期しているのである。この趣旨から考えると、自白の内容が、被告人である自白者自身の犯罪事実であると同時に、共同審理を受けている他の共犯者(共同被告人)の犯罪事実である場合においては、当該自白のみで自白者を処罰できないとされる以上、その自白だけで犯罪事実を否認している他の共同被告人を処罰することは、もちろん許されないものと解するを相当とする。もしそうでないとすれば、自白者たる被告人本人はその自白によって有罪とされないのに、同一犯罪事実を否認している他の共同被告人は却って右同一自白によって処罰されるという不合理な結果を来たすことになる。そればかりでなく、一人の被告人に対してその自白だけでは有罪とされないことを好餌として自白を誘導し、その自白によって他の共同被告人を有罪とするため、それを利用する不都合な捜査が行われる弊害を生ずるおそれがないとは言えない。これでは、憲法が自白偏重の悪弊を防止しようとする意義を没却することになる。

一般に共同被告人は、互に他の被告人に刑責を転嫁し、または自己の刑責を軽減しようとする傾向があるのが通例であるから、一被告人の供述だけで他の共同被告人の罪責を認めることは、人権保障の上においてはなはだ危険であるといわなければならない。

昭和二四年五月一八日大法廷判決(昭和二三年(れ)七七号、集三巻六号七三七頁)は、これらの趣旨に基き、共同被告人の供述はそれぞれ被告人の供述たる性質を有するものであって、それだけの証拠では独立して他の共同被告人の罪責を認めることはできないという立場を採った。そして、この立場に立ちつつ、ある被告人の自白がある場合には、共同犯行に関する他の被告人の供述をもってこれを補強する証拠とすることはできると認めたのである。すなわち、一人の共同被告人の供述は、それだけを証拠として他の被告人の罪責を認めるには足りないけれども、他の被告人の自白がある場合には、その補強証拠とすることはできるという意義にほかならない。したがって、他の被告人の自白がない場合には、その被告人を中心として考えれば、本来補強証拠の問題を生ずる余地のないことは理の当然であり、一人の共同被告人の供述だけを証拠として犯行を否認している他の被告人の罪責を認めることはできないという意義を含んでいることは明らかである。そして、その後の大法廷判例もこれに従い、小法廷判例もこれに従っている(昭和二四年(れ)四〇九号、同二五年七月一九日大法廷判決、集四巻八号一四六五頁、昭和二四年(れ)一六一四号、同二六年八月二八日第三小法廷判決、集五巻九号一八一一頁、昭和三〇年(あ)八六一号、同年九月二九日第一小法廷判決、集不登載)。

多数意見は、共同被告人であっても、ある被告人本人との関係においては、被告人以外の者であって、被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではないから、一人の共同被告人の供述だけで他の被告人を有罪とするを妨げないとしている。しかし、共同被告人が数人(ABC)ある場合に、一人の被告人(A)を中心として観察すれば、他の共同被告人(BC)は被告人(A)以外の者であり、他の共同被告人の自白は被告人(A)「本人の自白」でないことは、形式論理たるにすぎない。しかし、この形式論で憲法三八条三項を割切って解釈する多数意見は、前に述べた同条項に含まれている趣旨を深く考慮せざるものであって、裁判における共同被告人の人権の保障の見地からすれば著しい後退を示すものであって是認することを得ない。

原判決においては、被告人矢島の共謀の事実は共同被告人藤塚の自供のみを唯一の証拠として認定せられ、他に補強証拠と認めるに足るものは存在しない。それ故矢島の罪責を認めた原判決には前記違法が存在するから、この点について破棄するを相当とする。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔)

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